奇跡を起こす――その男によってはたして呪いは解けるのか?




奇跡を起こす――その男によってはたして呪いは解けるのか? | lyu1-web日本のプロ野球も日本シリーズの熱い戦いが繰り広げられているが、本場アメリカではメジャーリーグ(MLB)のワールドシリーズ(以下WS)が始まっている。
今年はクリーブランド・インディアンスvs.シカゴ・カブスという組み合わせになった。NBA(バスケットボール)ではクリーブランド・キャバリアーズがチャンピオンになったので、もしMLBもインディアンズがチャンピオンになったりしたら、クリーブランドの街はこの上なく盛り上がること必至だ。

――しかし、それよりも「シカゴ・カブスが勝てるか?」の方が、はるかにファンやメディアの興味を呼んでいるのは間違いない。
なぜならカブスは71年ぶりのWS出場であり、さらに1908年を最後に108年間もWSに勝てていない、という不名誉な記録があるからだ。

そんなカブスがこれまでWSに勝てなかった(出られなかった)のは、「ビリー・ゴートの呪い(通称:ヤギの呪い)」があるからだ、というのがずっと言われ続けてきた。今年、その呪いが解けるチャンスがようやく巡ってきたのだから、いやがおうにも盛り上がるのは当然だろう。

ヤギの呪い

時はさかのぼって1945年のWS、カブスは2勝1敗で運命の第4戦をホームのリグレー・フィールドで戦うことになっていた。この時点ですでに三十数年もWS優勝から遠ざかっていた。

その当時シカゴで居酒屋を経営していたビリー・サイニアス氏という人がいた。カブスの熱狂的ファンだったサイニアス氏はある日、店の前でトラックの荷台から落ちたヤギの赤ちゃんを助けて看病した。しばらくして元気になったこの子ヤギにマーフィーと名付け、店のアイドルにしたところ店は繁盛したという。
サイニアス氏はレギュラーシーズン中からマーフィーを連れてしょっちゅうリグレー・フィールドにカブスの試合を見にきていた――もちろんマーフィーの分のチケットも買って。まあ今から考えればずいぶんおおらかな時代だった。

このWS第4戦もマーフィーを連れて観戦に来た。ところがこの日は「ヤギは入場NG」と球団から断られてしまったのだ――原因はヤギの匂いだという。これに腹を立てたサイニアス氏は「以後カブスは(WSを)勝つことはないだろう」と言い放ち、球場を去った。

そしてこの日からカブスは3連敗をしてWSを敗退した。

サイニアス氏の捨て台詞は、やがて予言のごとく現実になっていく――この事件以降、カブスはWSに出場さえできなくなってしまった。これがいわゆる「ヤギの呪い」と言われ、ここまで科学の発達した現在まで継続している。

スティーブ・バートマン事件

そんな、いつまで経っても呪いの解けないカブスに、ファンのストレスが頂点に達した事件が起こる――スティーブ・バートマン事件
2003年、カブスは順調に勝ち上がり、ナ・リーグ優勝決定戦(NLCS)を3勝2敗で迎えていた。あと一つ勝てば念願のWS進出という絶好のチャンスで、ようやくヤギの呪いが解けるか、という期待が高まっていた。

ホームで迎えた第6戦に悲劇は起こる。
カブスは7回まで3-0とリードし、とうとうWS出場が目の前という所まで来ていた。長年苦しめられたヤギの呪いがやっと解けるのか、という期待で球場は盛りに盛り上がっていた。

8回表だった。
対戦相手フロリダ・マーリンズの選手が打ったフライはレフトのファール方向に飛んでいき、レフトを守っていたカブスの選手が打球を追っていった。もちろん捕ればアウトだ。
打球はスタンドに入るか入らないかの微妙な位置、と思った瞬間、スタンド前列の観客が捕ろうとして手を伸ばして球を弾いてしまった――カブスの選手はファンに邪魔されたことに激怒したが後の祭り。結局これが試合の流れを変えてしまい、このイニングで大量8点を取られたカブスは逆転負けをし、その後連敗して悲願のWS出場を逃してしまった。

話はここで終わらなかった。
ファンがスタンドから手を出して捕球を邪魔したシーンは、TV中継で繰り返しリプレイやスローで流され、それがスティーブ・バートマンという26才の男性だということがネットで特定されてしまう。戦犯扱いされたバートマン氏は、試合後に襲撃を受けるなどして警察の保護を受けざるを得なかった。その後もネットで自宅や電話番号を特定されて嫌がらせを受け、ついにバートマン氏は仕事も住所も変えざるを得なくなった。
たかがスポーツというなかれ、積もりに積もったストレスはこうまでの事態をもたらす、というのを歴史に刻んだ事件だった。

と同時に、この事件は世間に「ヤギの呪い」をさらに意識させるのに十分な効果をもたらしたろう。

呪いを解くキーマン?

そんなカブスが今年71年ぶりにWS出場を果たし、さらには108年ぶりに優勝してヤギの呪いを解くか?と期待が高まっている理由の一つに、一人の人間の存在が挙げられる――セオ・エプスタイン(カブス球団副社長)氏だ。

エプスタイン氏のことを書くのに、もう一つの呪いの話をしなければならない。

MLBにはもう一つ有名な呪いがあった。
ボストン・レッドソックスの「バンビーノの呪い」だ。バンビーノとは野球史に名を残す大選手=ベーブ・ルース氏の愛称だった。日本でも現在、日本ハム・ファイターズの大谷選手がピッチャーとしても一流、バッターとしても一流という二刀流で騒がれているが、その二刀流のルーツはこのベーブ・ルース氏なのだ。

ボストン・レッドソックスも1918年以降、2004年に至るまで86年間もWSに勝てなかった。
ルース氏はレッドソックスでデビューをしたが、球団の資金難のあおりを受けてライバルのニューヨーク・ヤンキースに売られることになった。その後のルース氏の活躍は言うまでもなく歴史に残るものとなり、ヤンキースの黄金時代を築いていくことになった。当時建設されたヤンキー・スタジアムは「ルースの建てた家」とまで言われるほどだった。

逆にレッドソックスはそれ以後WSに勝てなくなり、これがいつしか「バンビーノの呪い」と言われるようになった。
ただこの呪いは、2004年にようやく優勝したことによって解かれた。ちなみにレッドソックスはその後もチャンピオンになっているので完全に解けたといっていい。
その時のキーマンの一人が、エプスタイン氏だった。

エプスタイン氏はその卓越した理論を買われ、2002年、当時28歳という若さでレッドソックスのゼネラルマネジャー(GM)に就任する。メジャーリーグ球団におけるGMというのはチーム編成を司る重職で、年間何百億円という選手契約予算の全権を握るため、通常はこの若さでなれるものではない。

そんな重職に就いたエプスタイン氏は、選手としての経験は皆無で、いわゆるインテリ系だった――これが関係者の反発を呼ばないはずはなく、何この若造が、とばかりに「おむつ」と揶揄された。
ところがエプスタイン氏は、徹底的にデータに基づく理論で次々とチームの刷新を計っていき、就任後二年目の2004年、ついに呪いを解いてレッドソックスは世界一になった。その時は松坂大輔投手も活躍したのでご記憶の方もいるだろう。もちろんGMの力だけではないが、彼はそれまでのチームを全く違うカラーにした意味は大きかった。

そのレッドソックスで二度のWS制覇を成し遂げた後、エプスタイン氏が2011年にカブスの球団副社長に就任した。そこからカブスは大胆な改革に着手し、現在の強さを築いてきただけに、レッドソックスのときのように「呪い」を解いてくれる、と期待されているのは間違いない。

エプスタイン氏のホロスコープ

セオ・エプスタイン氏:出生ホロスコープ

セオ・エプスタイン氏:出生ホロスコープ

エプスタイン氏のホロスコープを見てみる。残念ながら生まれ時間はわからない。
ぱっと気付くのは、孤立しているエネルギーがない、ということだ。アスペクトをなぞっていくと、一筋書きのようにほぼどの天体にも行き着くことができる。これはいろいろな観点を統合化することができると言えるかもしれない。

それも含めこのホロスコープはミスティック・レクタングルやらカイトやら、トランジットで乙女座の最初に何か来ればグランドセクスタイルがコンプリート(月が定かではないが)、とバラエティに富んではいるが、個人的にはそれよりもある一つのポイントに注目している。なぜならそれは時に奇跡を起こす事があるからだ。

そのポイントを見たとき、同じ要素を持つ、あるメジャーリーグの選手を思い出した。もう引退してしまったが、その選手はまさしく後世に名を残すスーパースターだった。

もちろん彼も奇跡を起こした。
デビューすると、それまで低迷していたチームはみるみる強くなり、すぐにチャンピオンチームになった。その過程で奇跡的としか言えないプレーを数々みせて都度チームのピンチを救い、まさに「持ってる男」を絵に描いたような選手だった。
甘いマスクに華麗なプレー、そして決して個人プレーに走らないフォアザチームのフェアな精神――もちろん、後に殿堂入りするのは間違いないと言われている。

すでに書いたようにエプスタイン氏も、バンビーノの呪いを解いている。「おむつ」と揶揄されながらも、それを実績で跳ね返した。
そんな人間が、今度は「ヤギの呪い」を解いて欲しくてやまないチームから、ぜひにと請われて球団の幹部に招聘された――そしてみたところ、これまでのプロセスは順調のようである。

また奇跡を起こすのか、それとも二匹目のドジョウはいないのか?
これを書いている現在、1勝1敗の五分。

あと3勝したチームが栄冠を手にする。

【※ホロスコープ画像はSolar Fire Ver.9を使用】